平成の世まで土葬だった。関市板取の葬式と埋葬事情

今日、板取ふれあいまちづくり推進委員会の方々に、取材に行って来ました。

取材は、まちづくり委員会の取り組みの話だったんですが、

話の中で出た、板取の葬儀と埋葬の事情が面白すぎたので、記録しておきたいと思います。

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写真は本日のモネの池。記事とは関係ありません(笑)


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板取地区の葬儀は、今は、多くが市役所の近くにある総合斎苑わかくさでやるか、岐北斎苑でやるようになったが、岐北斎苑ができるまでは、ほとんど自宅で葬式をやっていた。


その当時は、亡くなった方が出ると、その日の夜から集落の男性が集まり、

葬式の準備がはじまる。みんなで棺桶の飾りづくりとか。


女性は、その男性たちのための食事をつくる。すべて終わるまで終わるまで5食分ほど。

三日上がりといって、最後は必ずうどんだった。

「なんでか知らんけど、あのうどんが美味しかった。」。


板取は、平成の世になってもまだ土葬だった。

基本的には掘り起こし。新しいところに掘るのはすごく大変。

以前掘ったところは掘りやすいこともある。

ほると、骨が出くるが、中には、まだ土に還っていないことも。

「ビニールのものはなかなか土に還らんのやわ」。

とのことで、靴下とか、布団とか、が残っていることがある。

骨とかは大丈夫だけど、そういうものが出てくるとちょっといやだったなーとのことです。


10年ほど経つと、墓標の杉の木が朽ちてくる。

そうすれば、土の中も、土に還っていることが多く、そこを掘り起こして、

次の人の亡骸を入れた。

ただ、近年は、いい墓標にしてあげようとヒノキとかを使うこともあって、

なかなか朽ちないからわからなくなった。

土葬用の棺は、少し縦長で、今のような寝る棺ではなく、座る形。


板取の多くは土葬の文化だが、奥の方では火葬の風習のある集落もあった。

地域もあって、そこは集落で小さい火葬場を持っていた。

なぜそこだけ火葬なのかがわからない。


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