本 de ドミノ騒動で感じた事。

昨日から、秋元さんのブログからヤフー、そして今日、新聞にも飛び火した「本 de ドミノ」騒動。

色々と内情を聞くと、どうも、岐阜市議の思いつきで、支援者の方々が企画し、それに岐阜市、岐阜市教育委員会が後援したという構図のようですね。HPでは動画も活用して綺麗にみせていますが、とってつけたような趣旨(ドミノをやることで本の大切さを教える企画?)等に詰めの甘さを感じます。市民が勝手に盛り上げる活動で止めておけば批判も少なかったでしょうが、それを図書館長が動画で応援コメントまで出してしまっているのが火に油を注いでしまった感です。

これまで、オープニングを祝うための公式イベントは日比野克彦さんが総合プロデューサーになり、市民の方々がコツコツ、ワークショップをして考えてきています。
この騒動で水を差した感じです。この騒動が膿を出すきっかけになればいいのですが。

さてさて、イベントの是非は置いておいて、ここからが本題。
今回の騒動で私が一番びっくりしたのが、「本でドミノをしても別にいいじゃん」という人がこんなにもいたことです。
ヤフーの意識調査でも、5月30日16時現在、このイベントについて反対が57.4%、賛成が33.9%です。
私、そんなに偏った考えを持っているつもりはなく、自分と反対の考えも考えとして理解はできるつもりです。が、どうしても、理解できず、自分の視野の狭さに驚きました。

私は、みんなが「本を粗末に扱うことはおかしい」と言う、と恥ずかしながら思っていたのです。
実は、最初は、「別にいいじゃん」という人に対し、なんて倫理観がない人たちなんだと思っていました。すいません。しかし、倫理的に素晴らしい方々からも「抵抗ない」というお話を聞きます。なぜなんだろうと考えてみました。

これまで本でドミノをやってきたのは、シアトルとベルギーに事例があるようです。
調べたところ、日本にはありません。
本でドミノに抵抗を感じる人が日本には多いということでしょう。

日本らしさで説明するならば、
3割超の賛成意見があることは、「日本的霊性」の弱まりではないかと私は思っています。
思想家鈴木大拙は『日本的霊性』で日本人の精神性について話しています。
その昔、日本には、八百万の神がいて、物にも神が宿ると考えられてきたました。
ただ、その心は、今の現代社会では薄まってきています。
もちろん私もそう。
どなたかが「思想の欧米化」と言っていました。

ただ、本には、書いた人の思想が現れています。
なので、日本人としての精神性が働き、「本を大切にしなければいけない」という思想が残っているのではないでしょうか。
それも、少しずつ思想の欧米化が進んでいくのでしょう。

昨日、今日で妻と合計3時間くらい議論して私が考えたことです(笑)
by takayukin_K | 2015-05-30 17:38 | 本によるまちづくり

岐阜県関市の魅力をせき・まちづくりNPOぶうめらん代表北村隆幸の好みで発信するウェブメディアです。関に住んで、まちづくりに取り組む人ならではのディープな関の魅力を発信中。たまにまちづくりを暑苦しく語ります。


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