芝居小屋・村国座へ行ってきました

以前日記にも書きましたが、僕は七尾の時に明治の芝居小屋保存再生運動に関わりました。
『でか小屋おせっ会』(http://dekakoya.exblog.jp/)という会で、最初のすっごいよごれた状況から、みんなで、毎週のように掃除をし、なんとか仮設舞台も作り、こけら落としとして寄席を大成功させることができました。
今年は全国芝居小屋会議が岐阜県の下呂であるということで、ぜひ行きたいと思っています。

さて、実は美濃という地方は、全国稀に見る芝居小屋が残っている地域です。というのは、江戸時代、庶民による芝居は禁止され、認められた一定の場所でしか行われていませんでした。また、神社の境内などで、奉納という形でおこなわれる芝居は暗黙に認められていました。詳しくは分かりませんが、美濃地方は、農民の融和政策として、庶民が芝居をすることを認めていたようです。それにより、芝居文化が発達し、地歌舞伎とか農村歌舞伎といわれる芝居が現在でも残っており、芝居小屋もたくさん残っています。

昨日、明治初期に作られた村国座という芝居小屋がいつも通っている道から少し入ったところにあったので、ふらっと見に行ってきました。
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まったく成果ナシ・・・。

村国座は各務原市の村国神社の境内にあり、重要文化財に指定された芝居小屋でしたが、門がっちりしまっており、中を見ることができず、話を聞こうにも神社に人影がありません。
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まあ、村国座は、
「各務おがせ町の村国神社の境内にある村国座は、江戸時代のおわり、慶応2年(1866年)頃に建設が計画され、明治15年(1882年)に落成した村芝居の舞台です。村芝居とは、地方の農村などで行われる歌舞伎芝居のことで、旅回りのー座を呼んで興行してもらったり、地元の人々が自ら演じたりして楽しみました。テレビなどの娯楽が普及した今日では、旅回りの芝居は見られなくなりましたが、村国座では現在も年にー度、10月中旬の祭礼に、地区の人々による村芝居が上演されています。」
だそうです。

今でも奉納するという祭礼に芝居を組み込んで奉納するというスタイルは変わってないようです。
by takayukin_k | 2005-04-17 00:07 | 地域メディアのまちづくり

岐阜県関市の魅力をせき・まちづくりNPOぶうめらん代表北村隆幸の好みで発信するウェブメディアです。関に住んで、まちづくりに取り組む人ならではのディープな関の魅力を発信中。たまにまちづくりを暑苦しく語ります。


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