カリブ海へ
え〜すいません。
明日から、長期のお休みをいただきまして、ホンジュラスのカリブ海に浮かぶロアタン島に行ってまいります。
前回は、観光地という観光地は行きませんでしたが、今回は、かなりのリゾート。メキシコのカンクンのように、アメリカ人が好んで訪れる場所みたいです。
カリブ海ですよカリブ海、憧れてたんですよね〜。
真っ青な海に、きれいな珊瑚、まさに楽園でのバカンス!ってのを期待しているんですが、どうなんでしょう。
ロアタン島も楽しみですが、カヨス・コチーノスがやばいって聞いて楽しみにしています。
カリブ海の小島の列島みたいで、一つの島が、数百メートルくらい。
こ〜んな島らしい。

まずは無事にたどり着けますように。
アメリカで2回も乗り継ぎがあるんだよね〜。
また、ぶうめらん関係者のみなさまにはご迷惑おかけいたします。すいません。帰ってからがんばります。
明日から、長期のお休みをいただきまして、ホンジュラスのカリブ海に浮かぶロアタン島に行ってまいります。
前回は、観光地という観光地は行きませんでしたが、今回は、かなりのリゾート。メキシコのカンクンのように、アメリカ人が好んで訪れる場所みたいです。
カリブ海ですよカリブ海、憧れてたんですよね〜。
真っ青な海に、きれいな珊瑚、まさに楽園でのバカンス!ってのを期待しているんですが、どうなんでしょう。
ロアタン島も楽しみですが、カヨス・コチーノスがやばいって聞いて楽しみにしています。
カリブ海の小島の列島みたいで、一つの島が、数百メートルくらい。
こ〜んな島らしい。

まずは無事にたどり着けますように。
アメリカで2回も乗り継ぎがあるんだよね〜。
また、ぶうめらん関係者のみなさまにはご迷惑おかけいたします。すいません。帰ってからがんばります。
ホンジュラス紀行2 テグシガルパ〜チョルティカ
ホンジュラス2日目は、いよいよ目的地である、チョルティカに向かう。チョルティカは、テグシガルパからは、バスで3時間半ほどの、ニカラグアとの国境の県である。
チョルティカには、バスで向かうことにした。
というかバスしか無いのだが・・・。
テグシガルパにはバスターミナルがない。各地域へは行き先ごとに、すべてバス停が別々の場所にあるのだ。なんて面倒くさい。ただ、ふと、関市もいまこんな状況である事に気がつく。外来者にまったく優しくない。
しかも残念なお知らせを聞いてしまう。チョルティカのバス停は、JICAが指定する危険地帯の中にあるらしい。さあ、正念場か。私はものすごくびびっていた。もともと、殺人率世界ナンバーワンと聞き、それなりに対策はしてきた。服の下に巻くスパイベルトをつけ、そこにカードやお金、パスポートをいれた。それだけだと心配なので、小さな肩掛けカバンを服の下にかけてそこにもお金を分散し、ポケットにはすぐに盗られてもいいお金をいれた。
チョルティカ行きのバス停にはタクシーで行った。(そのタクシーも怖いのだが・・・)間もなくバス停というところで、外から窓をドンドン叩かれた。「へい、こっちのバスに乗ってかない」と言っている。たぶん。チョルティカ行きのバスは2種類あって客引き合戦がものすごい。強引なのだ。見ていると、タクシーから強引に荷物を降ろし、そのバスに乗せられた人もいた。
我々が選んだバスはULMAというどちらかというと安全なバスらしい。クーラーもついている。
料金もおそらく同じの2つのバスであれば、安全で快適なULMAに乗る人が多いと思うが、どうもそうでもないらしい。その理由は後からなんとなく分かることになる。
13時30分発のバスチケットを購入し、バスを待つと14時頃に到着した。しかし、一向に動く気配がない。止まっているバスには、物売りがひっきりなしに入ってくる。
へんな携帯のカバーを売る人、時期じゃない青いマンゴーを売る人、飲み物、お菓子を売る人、声高らかに演説をして、寄付しろという人。驚くのは、それらを買っている人が結構いることだ。私は、車のクラクションが鳴り響く外の風景をびくびくして見ながら、バスの出発をひたすら待った。
外の風景を見ながら、強引な客引き、強引な車の割り込み、狭い道なのに、車を止めて渋滞を引き起こす、この国にはマナーやモラルが欠如していると感じていた。ただ、個人どうして顔を突き合わせるとみんなとってもいい人が多い。私的空間と公共的空間でのここまでの違いはいったいなんなんだろう。
結局バスは、乗客の我慢も限界を超え、「早く出発しろ」と罵声が出始めた15時頃に出発した。
乗客が満員になるまで待っていたらしい。
バスの旅は、快適とは言いがたいものだった。
バスの運転手ほど、「前にいる車はすべて抜かさないと気が済まない」気持ちが強いみたいだ。
猛スピードで飛ばす。これは本当に怖い。しかも、なぜか蛇行運転をするのだ。最初はなぜか分からなかったが、よく見ると、道に穴があいており、それを避けているようだ。ここの道路状況は非常に悪い。9月に大雨があり、土砂崩れで道が崩落した場所は、未だそのままである。
面白かったのは、その道路に開いた穴に砂を入れて補修してくれている子ども達がいるのだ。
ボランティアで偉いな〜と思う事なかれ。彼らは、猛スピードで走る車を止める勢いで近づき、お金を請求しているのだ。「1レンピーラ」と指で示している。しかし当然ながら止まる車なんていない。それでもそんな子ども達がたくさんいるということは、お金を渡す人もいるということなんだろうか。
今回、たくさんのバスに乗ったが、バスの運転手は自分の好きな音楽を大音量で流している。多くがサンバに似た「プント」という音楽だ。かなりご機嫌なナンバーである。自分も嫌いじゃない。当然、いろんな曲があるんだろうが、全部同じ曲に聞こえる・・・。
「バスは運転手の私的空間だから」と友人が教えてくれたのはひどく納得できた。
チョルティカについたのは、日が暮れてからだった。
とにかく暑い。常に30度以上あるそうだ。テグシガルパは標高が高いためそこまで暑くなかった。
友人がホームステイしている家に行くと、クリスマスを祝いに親戚が集まっていた。そこでも「チェケレケパンケーケ」は鉄板。こちらでは、クリスマスの期間は12月24日から1月6日ごろまでを指すらしい。まちには、年が明けてもメリークリスマスのイルミネーションがあった。
しばらくすると、その家族がまちを巡るが行くか?と誘ってくれた。よく分からないがついて行くと、家々で、キリスト誕生の瞬間をモニュメントを作っており、そこを回ろうということだった。
それは「ナシミエンテ」と呼ばれるキリスト誕生祭らしい。家々で工夫してあり、とても面白い。1ヶ月以上かけて作り上げた力作も多いそうだ。その家の人も、たくさんの人が見に来てくれてうれしそうだった。


家々で工夫して作っている様子は、日本で言うとイルミネーションを飾る事と似ているのかもしれない。関市で言うと、野菜で家々で工夫して風刺モニュメントをつくる地蔵祭りか。
チョルティカには、バスで向かうことにした。
というかバスしか無いのだが・・・。
テグシガルパにはバスターミナルがない。各地域へは行き先ごとに、すべてバス停が別々の場所にあるのだ。なんて面倒くさい。ただ、ふと、関市もいまこんな状況である事に気がつく。外来者にまったく優しくない。
しかも残念なお知らせを聞いてしまう。チョルティカのバス停は、JICAが指定する危険地帯の中にあるらしい。さあ、正念場か。私はものすごくびびっていた。もともと、殺人率世界ナンバーワンと聞き、それなりに対策はしてきた。服の下に巻くスパイベルトをつけ、そこにカードやお金、パスポートをいれた。それだけだと心配なので、小さな肩掛けカバンを服の下にかけてそこにもお金を分散し、ポケットにはすぐに盗られてもいいお金をいれた。
チョルティカ行きのバス停にはタクシーで行った。(そのタクシーも怖いのだが・・・)間もなくバス停というところで、外から窓をドンドン叩かれた。「へい、こっちのバスに乗ってかない」と言っている。たぶん。チョルティカ行きのバスは2種類あって客引き合戦がものすごい。強引なのだ。見ていると、タクシーから強引に荷物を降ろし、そのバスに乗せられた人もいた。
我々が選んだバスはULMAというどちらかというと安全なバスらしい。クーラーもついている。
料金もおそらく同じの2つのバスであれば、安全で快適なULMAに乗る人が多いと思うが、どうもそうでもないらしい。その理由は後からなんとなく分かることになる。
13時30分発のバスチケットを購入し、バスを待つと14時頃に到着した。しかし、一向に動く気配がない。止まっているバスには、物売りがひっきりなしに入ってくる。
へんな携帯のカバーを売る人、時期じゃない青いマンゴーを売る人、飲み物、お菓子を売る人、声高らかに演説をして、寄付しろという人。驚くのは、それらを買っている人が結構いることだ。私は、車のクラクションが鳴り響く外の風景をびくびくして見ながら、バスの出発をひたすら待った。
外の風景を見ながら、強引な客引き、強引な車の割り込み、狭い道なのに、車を止めて渋滞を引き起こす、この国にはマナーやモラルが欠如していると感じていた。ただ、個人どうして顔を突き合わせるとみんなとってもいい人が多い。私的空間と公共的空間でのここまでの違いはいったいなんなんだろう。
結局バスは、乗客の我慢も限界を超え、「早く出発しろ」と罵声が出始めた15時頃に出発した。
乗客が満員になるまで待っていたらしい。
バスの旅は、快適とは言いがたいものだった。
バスの運転手ほど、「前にいる車はすべて抜かさないと気が済まない」気持ちが強いみたいだ。
猛スピードで飛ばす。これは本当に怖い。しかも、なぜか蛇行運転をするのだ。最初はなぜか分からなかったが、よく見ると、道に穴があいており、それを避けているようだ。ここの道路状況は非常に悪い。9月に大雨があり、土砂崩れで道が崩落した場所は、未だそのままである。
面白かったのは、その道路に開いた穴に砂を入れて補修してくれている子ども達がいるのだ。
ボランティアで偉いな〜と思う事なかれ。彼らは、猛スピードで走る車を止める勢いで近づき、お金を請求しているのだ。「1レンピーラ」と指で示している。しかし当然ながら止まる車なんていない。それでもそんな子ども達がたくさんいるということは、お金を渡す人もいるということなんだろうか。
今回、たくさんのバスに乗ったが、バスの運転手は自分の好きな音楽を大音量で流している。多くがサンバに似た「プント」という音楽だ。かなりご機嫌なナンバーである。自分も嫌いじゃない。当然、いろんな曲があるんだろうが、全部同じ曲に聞こえる・・・。
「バスは運転手の私的空間だから」と友人が教えてくれたのはひどく納得できた。
チョルティカについたのは、日が暮れてからだった。
とにかく暑い。常に30度以上あるそうだ。テグシガルパは標高が高いためそこまで暑くなかった。
友人がホームステイしている家に行くと、クリスマスを祝いに親戚が集まっていた。そこでも「チェケレケパンケーケ」は鉄板。こちらでは、クリスマスの期間は12月24日から1月6日ごろまでを指すらしい。まちには、年が明けてもメリークリスマスのイルミネーションがあった。
しばらくすると、その家族がまちを巡るが行くか?と誘ってくれた。よく分からないがついて行くと、家々で、キリスト誕生の瞬間をモニュメントを作っており、そこを回ろうということだった。
それは「ナシミエンテ」と呼ばれるキリスト誕生祭らしい。家々で工夫してあり、とても面白い。1ヶ月以上かけて作り上げた力作も多いそうだ。その家の人も、たくさんの人が見に来てくれてうれしそうだった。


家々で工夫して作っている様子は、日本で言うとイルミネーションを飾る事と似ているのかもしれない。関市で言うと、野菜で家々で工夫して風刺モニュメントをつくる地蔵祭りか。
ホンジュラス紀行1 テグシガルパ〜バジェ
年末年始はホンジュラス/メキシコへ行ってきました。
いろんな経験をしたので、自分の頭を整理するためにも、書いてみようと思います。帰りの道中で読んだ深夜特急に触発されて紀行文風に。
そうとう長くなってしまったので暇な方は読んでください。
飛行機の窓から見るホンジュラスの町並みの印象は、くすんだ茶色。
切り立った禿げ山、雑然と並ぶ家々、明るい色の車は一つも走っていない。
全くわからないスペイン語と、「危険だ」という先入観によって緊張で凝り固まった私だったが、入国審査で、早速、脂汗がでる事態になる。
入国審査管は、滞在する住所を教えろというのだ。たぶん。
そんなもの知らない。曖昧に「のーのー」と行っていると、「迎えにきているだろう。そいつをつれてこい」と言う。たぶん。
パスポートを人質にされ、外にでて探しても、迎えは来ていない。
そういば「ホンジュラス時間はひどいよ」って言ってた。なんて考えて、なす術無く呆然としていると、飛行機で隣に座ていたおばさんが声をかけくれた。
「これを書きなさい」と、どこかの住所を手帳に書いてくたではないか。
おお、神よ。「ペンを貸してくれ」、「yes」だけだが、飛行機の中でちょっと会話しといてよかった。おばちゃんは、笑顔で颯爽と去って行った。
ホンジュラス1日目は、首都テグシガルパの空港から車で1時間ほどの、バジェという小さな山間のまちの家に泊まらせてもらう事になっていた。ありがたいことに、バジェの家族が空港まで迎えにきてくれた。
空港の周りは、ピザパットやケッタッキーなどアメリカ資本のチェーン店が並んでいる。ホンジュラスは、8割9割が日本車のようだ。それも中古の中古。どれも左ハンドルだから、おそらく、アメリカで乗りつぶされた日本車がホンジュラスに入ってきてるのだろう。ボディーがへこんでいない車はない。オイル、バッテリー、給油ランプ、どの車も、なにかしらランプが点滅している。しかも運転がそうとう荒いときた。前にいる車は抜かさないと気が済まないらしい。この国に来て、車がここまでの状況に行き着いても走るんだということに感心した。ちょっとこすっただけで、ぎゃーぎゃーいう日本では考えられない。本来これでいんじゃないだろうかとふと思った。
バジェは、のどかな田舎町で、民芸品が盛んなちょっとした観光のまちだった。「地球の歩きかた」にも半ページほど紹介されている。「かわいいまちなみ」だそうだ。テグシガルパは、昼間でも外を歩いては行けないと言われていたが、ここは大丈夫らしい。ぶらぶらと歩いてみる。

確かに、町並みはのどかで、かわいい。気候も涼しく、町並みが景色にとけ込み、歩いていて気持ちがいい。テグシガルパでの緊張から解けて、このまちがとっても好きになった。
この国は、ほぼすべて、まちの中心に、公園があり、その付近に教会や役所がある。そこからお店や病院が並んでいる。公園には、人が集まり、周りのお店もにぎわっている。これはとてもすばらしい。中心機能を郊外に移転してしまって、今更中心市街地の復興をさけんでいる日本の多くのまちとは大違いである。

民芸品のまちということで、そのお店にも入ってみた。
私だけでなく、おそらく多くの人がイメージいる「これぞ」という民芸品が並んでいる。
とっても手の込んだものもあれば、小学生の工作か!という物もある。例えばこんなの。

民芸品のお店が並ぶ中で、「革製品」の製造直売のお店に心は踊った。普通にかばんやベルト財布がお洒落で、しかも日本円に換算したらものすごく安い。オール本革のカバンは3,000円程度。ここでは、名刺入れとベルトを購入。二つで2000円くらいだった。
泊まらせてもらったバジェの家族はとっても良い人たちで、自分は歓迎してくれて、いろいろなスペイン語を教えてくれた。
「あ、わかって」が「アボガド」らしい。以前、ここに泊まった高木さんが「あ、わかった!」と言っていたのをなんで「アボガド」って言っているのかと思ったと笑ったそうだ。
また、「チェケ レケ パンケーケ」というと、みんな「ウケる」と教えてもらった。それから、初対面のホンジュラス人には、「はじめまして」のあと、この言葉をいうようにした。確かに鉄板でウケた。チェケがOKという意味。あとは不明。言葉遊びらしい。
ホンジュラスの人は、夜が早くて朝が早い。おそらく、電気のある生活がまだ短いからだろう。バジェもよる9時半にはみんな、就寝する。時差のせいでまったく眠くないと思っていたが、旅の疲れからすぐに寝る事ができた。
いろんな経験をしたので、自分の頭を整理するためにも、書いてみようと思います。帰りの道中で読んだ深夜特急に触発されて紀行文風に。
そうとう長くなってしまったので暇な方は読んでください。
飛行機の窓から見るホンジュラスの町並みの印象は、くすんだ茶色。
切り立った禿げ山、雑然と並ぶ家々、明るい色の車は一つも走っていない。
全くわからないスペイン語と、「危険だ」という先入観によって緊張で凝り固まった私だったが、入国審査で、早速、脂汗がでる事態になる。
入国審査管は、滞在する住所を教えろというのだ。たぶん。
そんなもの知らない。曖昧に「のーのー」と行っていると、「迎えにきているだろう。そいつをつれてこい」と言う。たぶん。
パスポートを人質にされ、外にでて探しても、迎えは来ていない。
そういば「ホンジュラス時間はひどいよ」って言ってた。なんて考えて、なす術無く呆然としていると、飛行機で隣に座ていたおばさんが声をかけくれた。
「これを書きなさい」と、どこかの住所を手帳に書いてくたではないか。
おお、神よ。「ペンを貸してくれ」、「yes」だけだが、飛行機の中でちょっと会話しといてよかった。おばちゃんは、笑顔で颯爽と去って行った。
ホンジュラス1日目は、首都テグシガルパの空港から車で1時間ほどの、バジェという小さな山間のまちの家に泊まらせてもらう事になっていた。ありがたいことに、バジェの家族が空港まで迎えにきてくれた。
空港の周りは、ピザパットやケッタッキーなどアメリカ資本のチェーン店が並んでいる。ホンジュラスは、8割9割が日本車のようだ。それも中古の中古。どれも左ハンドルだから、おそらく、アメリカで乗りつぶされた日本車がホンジュラスに入ってきてるのだろう。ボディーがへこんでいない車はない。オイル、バッテリー、給油ランプ、どの車も、なにかしらランプが点滅している。しかも運転がそうとう荒いときた。前にいる車は抜かさないと気が済まないらしい。この国に来て、車がここまでの状況に行き着いても走るんだということに感心した。ちょっとこすっただけで、ぎゃーぎゃーいう日本では考えられない。本来これでいんじゃないだろうかとふと思った。
バジェは、のどかな田舎町で、民芸品が盛んなちょっとした観光のまちだった。「地球の歩きかた」にも半ページほど紹介されている。「かわいいまちなみ」だそうだ。テグシガルパは、昼間でも外を歩いては行けないと言われていたが、ここは大丈夫らしい。ぶらぶらと歩いてみる。

確かに、町並みはのどかで、かわいい。気候も涼しく、町並みが景色にとけ込み、歩いていて気持ちがいい。テグシガルパでの緊張から解けて、このまちがとっても好きになった。
この国は、ほぼすべて、まちの中心に、公園があり、その付近に教会や役所がある。そこからお店や病院が並んでいる。公園には、人が集まり、周りのお店もにぎわっている。これはとてもすばらしい。中心機能を郊外に移転してしまって、今更中心市街地の復興をさけんでいる日本の多くのまちとは大違いである。

民芸品のまちということで、そのお店にも入ってみた。
私だけでなく、おそらく多くの人がイメージいる「これぞ」という民芸品が並んでいる。
とっても手の込んだものもあれば、小学生の工作か!という物もある。例えばこんなの。

民芸品のお店が並ぶ中で、「革製品」の製造直売のお店に心は踊った。普通にかばんやベルト財布がお洒落で、しかも日本円に換算したらものすごく安い。オール本革のカバンは3,000円程度。ここでは、名刺入れとベルトを購入。二つで2000円くらいだった。
泊まらせてもらったバジェの家族はとっても良い人たちで、自分は歓迎してくれて、いろいろなスペイン語を教えてくれた。
「あ、わかって」が「アボガド」らしい。以前、ここに泊まった高木さんが「あ、わかった!」と言っていたのをなんで「アボガド」って言っているのかと思ったと笑ったそうだ。
また、「チェケ レケ パンケーケ」というと、みんな「ウケる」と教えてもらった。それから、初対面のホンジュラス人には、「はじめまして」のあと、この言葉をいうようにした。確かに鉄板でウケた。チェケがOKという意味。あとは不明。言葉遊びらしい。
ホンジュラスの人は、夜が早くて朝が早い。おそらく、電気のある生活がまだ短いからだろう。バジェもよる9時半にはみんな、就寝する。時差のせいでまったく眠くないと思っていたが、旅の疲れからすぐに寝る事ができた。
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