清洲市や名古屋市にも「関鍛冶町」があったことを知っていますか?

やっぱり関の刃物はすごい!というお話。

 関の刀鍛冶は、室町時代に全盛期を迎え、その頃から、優れた技術を持った関鍛治が、
全国の大名や武将に歓迎され各地へ移住するようになりました。
織田信長にも多くの関鍛治が召し抱えられ、信長が清洲を治めると、
そこに「関鍛冶町」という町名が生まれました。

 さらに、江戸時代初期には、家康の命により、清洲城下の町割がそのまま名古屋に移転される
「清洲越し」が行なわれます。
清洲にあった「関鍛治超」は名古屋にもでき、鍛冶屋が多く住んだそうです。

 名古屋の「関鍛治町」は、現在の愛知県庁や名古屋市役所の近くにありました。
また、この周辺には、当時の関村の町名に似た「伊勢町」、「練屋町(現在の本町2丁目)」、
「呉服町(現在の本町3丁目)」、などの名前がありました。

 名古屋の関鍛冶町は昭和41年3月まで残っていました。
町名変更により、丸の内3丁目と改められ、関鍛治という名はなくなってしまいました。
関のジンとしてはちょっと寂しいですね。

a0026530_12001871.jpg


ーーーーーーーーーーー
ツイッター ゆるくつぶやいています。よければフォローお願いします。

私のプロフィールです。

せき・まちづくりNPOぶうめらんとは岐阜県関市のまちづくりをするNPO法人です。
http://www.vousmelan.com/story/#story1

フリーマガジンぶうめらんはボランティア編集部によって作られています。
編集部員募集中!
http://www.vousmelan.com/story/join.html

読書空間と古本のお店
コミュニティブックカフェ「ブックエカ」

by takayukin_K | 2016-02-07 20:34 | ディープな関の情報

岐阜県関市の魅力をせき・まちづくりNPOぶうめらん代表北村隆幸の好みで発信するウェブメディアです。関に住んで、まちづくりに取り組む人ならではのディープな関の魅力を発信中。たまにまちづくりを暑苦しく語ります。


by takayukin_K